研究紹介

準結晶の新しい合金系

石政 勉

(「金属」 Vol.74 (2004年) No.1, 20〜23p より許可を得て転載)

準結晶の不思議

 結晶、アモルファスに続く第3の固体状態として準結晶の存在が認識されてから既に約20年を経過した。その間、Al-Cu-Fe1)のように身近な金属の合金を始めとして、Al基やZn基合金において安定な準結晶が見いだされてきた。特に、最近の新合金発見は加速度的で、Cd基2)、Ag基3)、Cu基4)の合金においても安定な準結晶が見いだされている。その過程で準結晶形成のための必要条件がおぼろげに見えてきた感がある。しかし、「準周期性という特異な長距離秩序」を引き起こしている起源はあいかわらず謎に包まれている。準結晶の局所的な基本構造として、原子が40〜100個程度集合したクラスターが考えられているが、「クラスターの持つ正20面体対称性から、準結晶の大域的な対称性がどのように生み出されるか?」は相変わらず謎である。電子顕微鏡は一方向に周期性を持つ正10角形相の構造解明には力を発揮してきたが、周期性を全く持たない正20面体準結晶には力を出しきれていないように見える。X線回折の解析法は格段に進歩したが、原子位置を確定するには至っていない。格子を使わず、3次元空間を規則的に原子で埋める幾何学の問題は難しいのである。準結晶の物性として、電気抵抗が大きく、しかも負の温度係数を持つなど特異な振る舞いが知られているが、その起源も解明されてはいない。このように準結晶は不思議で満ちている。ここでは、Tsaiらのグループと私たちのグループによって発見された準結晶の新しい合金系を例にとって、不思議の一端を紹介したい。

構造の不思議:その1

 準結晶は、回折対称性と並進対称性(準周期性)によって分類される。それらを記述するものとして、結晶の場合における格子に対応して準格子が提案された。本記事で紹介する正20面体準結晶は図1の電子線回折像に見られるように2、3、5回の対称軸を持ち、正20面体の回折対称性を示す。このような正20面体準格子には、P(単純)、F(面心)とI(体心)型の3種類が可能である事が理論的に示された。この中で、P型とF型がそれぞれ、不規則・規則格子型としてAl基準結晶などにおいて形成する。さらに、「安定で高い構造完全性を有する準結晶はF型に限る」という従来の実験結果は、P型に対するF型の優位性を印象付けてきた。(準結晶の規則格子については、例えば、文献5を参照。)
 このような常識を持っていた私たち研究者にとって、P型に属し、安定で高い構造完全性を有する正20面体準結晶の存在はちょっとした驚きであった。例としてZn-Mg-Sc準結晶6)の回折像を図1に示した。2回軸入射の電子線回折像(図1a)は、黄金比 (1+√5)/2の3乗を公比とする等比数列的性質を持っており、この準結晶が P型に属することを示している。一方、回折点(Bragg反射)は極めてシャープで、しかも対称性をほぼ完全に満たして配置している。5回軸入射の美しい回折像(図1c)に見られるように、対称性は回折点の位置に関してだけでなく、強度についても満たされている。このような美しい回折像を示すP型準結晶が、新しい合金系という舞台の主役である。


図1 Zn-Mg-Sc正20面体準結晶の電子線回折像

成長の不思議

 図2にZn-Mg-Scの単準結晶の走査電子顕微鏡像を示した。外形は、正20面体対称の内部構造を反映したtriacontahedron(菱形30面体)である。菱形30面体の内部は、準結晶の単一領域で構成されている。このように、同一方位を保っている領域を単準結晶と呼ぶ。Zn-Mg-Sc合金においては、準結晶は調和融解するので、徐冷法によってミリメートルサイズの単準結晶が作製できる。しかし、ミクロな観点で準結晶の成長過程を想像してみると、「短距離秩序から長距離にわたる準周期性をどのように作り出せるのか」とても不思議である。


図2 Zn-Mg-Scの単準結晶

合金系の不思議

 Zn-Mg-Scと同タイプのP型準結晶を表1にまとめた。これらは、TsaiらによるCd-Yb2元安定準結晶2)の発見を契機として、最近の3年間に見いだされたものであり、多くの安定な準結晶を含む。従来から知られていたタイプのAl基やZn基の準結晶と比べて、ベース金属は多様である。すなわち、IIB属に属するZnまたはCd、さらにはIB-IIIB属のCu-GaとAg-Inがベース金属となっている。CuやAgですら準結晶のベース金属と成りうることが明らかにされたのである。合金の構成について見てみると、ベース金属がZnまたはCu-Gaの場合には、遷移金属としてScまたはTi、CdまたはAg-Inの場合にはランタン系列元素かまたはCaが15at.%程度組み合わされている。この組み合わせは、準結晶の形成において電子的な条件と原子サイズ比が重要な役割を果たすことを物語っている。少量の遷移金属やCaの存在は、準結晶がsp電子だけではなく、d電子の寄与によって安定化されている事を明確に示している。さらに、これらの準結晶はいわゆるHume-Rothery則を満たす電子化合物である。表1に見られるように、1.95〜2.15のほぼ同一の価電子濃度を持っている。準結晶は、周期性を持たないのでBrillouin zoneは考えられないが、図1に見られるように多重度が大きく強いBragg反射が存在するので、それらによるエネルギーギャップ(擬ギャップ)が期待できる。擬ギャップとフェルミ面の一致により電子系のエネルギーが低下しているものと考えられている7)
 多くのケースにおいて、準結晶が形成する組成のすぐ近くに、正20面体対称クラスターを含む結晶が安定相として存在する。これらの結晶は周期性と準結晶類似の局所的構造を持つので近似結晶と呼ばれている。表1には、新しい準結晶に対応する近似結晶もまとめた。特にCd-YbとCd-Caの場合には、組成比のわずかな違いが準結晶と近似結晶の形成を決めている2)。また、Zn17Sc3近似結晶の場合には、5〜10at.%のZnをMg、Mn〜Feなどの遷移金属、さらには、Pd〜Auなどの貴金属で置き換えることによって準結晶が安定化されることが判った6,8)。しかし、このようなわずかな組成変化が何故準結晶を安定化するのか、その理由は今のところ誰にも判っていないのである。近似結晶を出発点とした新準結晶の探索の一つの目標は、「何が準結晶の形成に決定的か?」と言う問題に対する答えを得ることである。


表1 新しい準結晶とそれに対応する立方近似結晶。Zn75M10Sc15におけるMは、Mn、Fe、Co、Ni、Pd、Pt、Ag、Auを表す。Mnの場合を除いて安定相が形成される。Cd65Mg20R15におけるRはGd〜Luの希土類元素を示す。遷移金属の価数として、HaworthとHume-Rothery(1952)による値、Mn: 1.9, Fe:1.0, Co:0.8, Ni:0.6 を用いた。

構造の不思議:その2

 近似結晶は新準結晶の探索においてばかりでなく構造モデルを考える上でも重要なヒントを与えてきた。図3aにZn17Sc3近似結晶に含まれる正20面体対称クラスターを示した。一番内側のシェルは、20個のZnでできた正12面体で、その外側に12個のScからなる正20面体の第2シェルが囲んでいる。さらに、外側には、30個のZnでできたicosidodecahedron(12・20面体)が取り囲んでいる。このような3重シェルの同心配置で構成されているクラスターをTsai型と呼ぶ。Tsai型の原子配置は従来から知られていたMackay型(図3b)やBergman型(図3c)のものとは異なっている。


図3 正20面体対称クラスター(a) Tsai型 (b) Mackay型 (c) Bergman型。 長さは各シェルの半径を示す。

 図4にZn17Sc3近似結晶の投影図を示した。Zn17Sc3結晶は体心立方構造9)で、立方体の頂点と体心の2箇所にTsai型クラスターが配置している。別の見方をすれば、各クラスターは図4の右部に示したかごの中に填め込まれている。Zn17Sc3結晶の面白いところは、クラスターの内部にある。クラスターの模型を組立てて調べてみると、第1シェル内部には、Zn原子3〜4個分の穴がある。第1シェルのくぼみに合わせて原子を入れるとすれば、図3cのMackay型のように12個の原子からなる正20面体を挿入すれば良いように思われるが、穴が小さすぎるのである。実際、精密な密度測定の結果によれば、第1シェルの内部には平均2.7個のZn原子しか入っていず、クラスター全体としての正20面体対称性は壊れている。このような「構造的フラストレーション」が表1に示したTsai型近似結晶の共通点である。準結晶は、近似結晶と似た組成を持ち、回折強度の分布も類似しているので、同様のTsai型クラスターが構造単位になっているものと考えられる。美しい回折像が示す構造の完全性とこのような構造の乱れがどのような形で折り合っているのか今後の研究の展開が楽しみである。


図4 Zn17Sc3型構造の投影図。灰色球と黒球はそれぞれZnとSc原子を表す。

まとめ

 準結晶の研究も約20年を経過し、基礎研究から応用研究へ移行することが期待されている。この段階では、今まで以上に新準結晶合金の探索が重要になってくると考えられる。本記事で紹介した新しい合金系の準結晶はベース金属の観点で多様であり、応用研究移行へのきっかけを与えるのではないかと期待して研究を進めている。 

参考文献

1) A.P.Tsai, A.Inoue and T.Masumoto: Jpn. J. Appl. Phys., 26 (1987) L1505.
2) A.P.Tsai, J.Q.Guo, E.Abe, H.Takakura and T.J.Sato: Nature, 408 (2000) 537.
3) J.Q.Guo and A.P.Tsai: Philos. Mag. Lett., 82 (2002) 349.
4) Y.Kaneko, R.Maezawa, H.Kaneko and T.Ishimasa: Philos. Mag. Lett., 82 (2002) 483.
5)石政勉:まてりあ, 39 (2000), 654.
6) Y.Kaneko, Y.Arichika and T.Ishimasa: Philos. Mag. Lett., 81 (2001) 777.
7)J.Friedel: Helvetica Phys. Acta, 61 (1988) 538.
8) S.Kashimoto, R.Maezawa, Y.Kasano, T.Mitani and T.Ishimasa, Jpn. J. Appl. Phys., 42 (2003) L1268.
9) R.I.Andrusyak, B.Ya.Kotur and V.E.Zavodnik: Kristallografiya, 34 (1989) 996.

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